ヨーロッパの片隅で、家族と鳥一羽と暮らしています 。  世界遺産とポルノグラフィティとホンとオンガクが好き。    よければアシアトを残してくれればウレシイです☆       写真撮影:miyuとその家族


by miyu-sakura
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世界遺産ⅩⅣ アウシュビッツ・ビルケナウ - ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所

数ある世界遺産の中で、たった2つしかない「負の世界遺産」。


一つは広島の原爆ドーム。
そしてもう一つは、

アウシュビッツ・ビルケナウ - ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所。

1940年から1945年までの
6年もの間、ありとあらゆる方法で人を殺した、
ホロコーストの象徴である。


その内容は
あまりに悲惨で、
あまりに暴力的で、

ここを訪れることは一生ないだろうと思っていた。



実際に「その場所」を見ることが、

私や、私の家族の人生にどれだけ影響するのかを考えると、
行くことをかなり迷ったけれど、


ここを実際に見て、
おきてしまった事実を心に刻み付け、
忘れないように生きていくことが


ささやかな私にできる平和への貢献になると思えた。

私よりも、むしろ私の家族の心の、
ほんの記憶の片隅にでも残すべきことだと思えたのだ。

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(死の門と呼ばれるビルケナウの門。シンドラーのリストで使われた)


日本人には、ドイツにあると思われがちなアウシュビッツ強制収容所は、

実は第二次世界大戦中、ドイツの占領地であったポーランド南部の、
古都クラコフより西に約60キロ
オフィシエンチム郊外に1940年に建てられた。


アウシュビッツは、ポーランド語オフィシエンチムのドイツ語の地名。


世界遺産に初めて登録された時の登録名は、
「ポーランド アウシュビッツ強制収容所」
であったが

この名称が、ポーランド人による強制収容所、
と誤解を生むとのポーランド側からの抗議により、

去年、
「アウシュビッツ・ビルケナウ - ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所」
と名称を変更された。


現在、ポーランドに訪れる人のうち、
かなりの割合が訪れる場所なのだが
ポーランド人にとっては未だに「負の遺産」。


ユダヤ人だけでなく、ポーランド人の戦犯も数多く処刑をされたという。



アウシュビッツには

ほとんどの建物や鉄条網が完全に残り、
博物館として整備・開放されている第一強制収容所と、

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(有名な、働けば自由になる、の門。Bが逆さまになっている)

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(二重に張り巡らされた鉄条網には、高圧電流が流れていた)

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(レンガ作りの収容所、内部には山のような遺留品等が展示)
(この後どんどん収容者が増え、破壊された第二収容所ビルケナウは
木造の簡素なバラックでした。冬は零下15度にもなり凍死する人も)

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(鉄棒ではありません。複数の人間を公開絞首するための棒)

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(この11棟の内部のみ、当時のまま保存されている。
生々しく汚れた牢獄、リンチや実験の現場でもありました。)

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(死体焼却所。毎日トロッコに山積みされた裸の死体が焼かれた)



死の門と呼ばれる終着駅とプラットホームが残り、
ドイツ軍の証拠隠滅のために、ほとんどの建物が破壊されてしまった
第二強制収容所ビルケナウと、

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(このプラットフォームで、女性・子どもと、男性は選別された。
さらに男性は、働ける男性と働けない男性に選別された。
女性と子どもは、その足でガス室へ送られる場合が多かったという)

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(服を脱がせ髪を切り、一度に2000人を殺したガス室跡。瓦礫の山)



解放後、ソ連軍によって完全に破壊された第三強制収容所モノビッツ
がある。


見学できるのは、第一・第二強制収容所で、
約2キロ離れた二つの収容所はマイクロバスによって結ばれている。



私たち家族は、
英語のガイドツアー(約3時間半)に参加したのだけど

私達のガイドさんは
確たる使命感を持って説明をしてくれた。



今回、こうやって書いているけれど、

この「負の遺産」の「圧倒的な数」は
とても私の筆力では語りつくせない。


展示された遺留品、
例えば女性の髪の毛であるとか靴であるとか
衣服やかばんや櫛や髭剃りといった日用品の「量」は、

多分、どの人の想像よりもずっと多い。


このアウシュビッツ・ビルケナウで5年間に処刑された人は
150万人とも200万にとも言われ
記録すら残されていない今、正確な数は把握できていない。



破壊された第二収容所の総面積にいたっては、
1.75平方キロメートル、東京ドーム約37個分といわれるほどの規模で、

一見すると何本もの背の高い木が風に揺れる、
見渡す限りの平原になっている。

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線路の最後には、
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犠牲になった各国の言葉での慰霊の碑がずらっと並ぶ。



本当に私には、何も上手に書けないけれど

代わりに、ガイドの人が最後に何度も繰り返していた言葉を。


「今はここに何もない。けれど想像・・ただ想像してください。
ここで何が行われていたかを。」

「同じ過ちを、二度と繰り返さないために。」

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by miyu-sakura | 2008-05-08 04:38 | 今日の世界遺産