ヨーロッパの片隅で、家族と鳥一羽と暮らしています 。  世界遺産とポルノグラフィティとホンとオンガクが好き。    よければアシアトを残してくれればウレシイです☆       写真撮影:miyuとその家族


by miyu-sakura
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カテゴリ:今日の世界遺産( 21 )

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(クロアチア、世界遺産プリトヴィッツェ湖群国立公園。この角度が一番キレイ)

さて、

スロベニアからクロアチアはプリトビッツェへ、
一夜の宿をとるべく車を飛ばしたわけですが


クロアチアは
1990年に始まった独立戦争の後
1992年に旧ユーゴスラビアから独立したばかりで、


日本でも人気が高まっているらしく
一番のトップシーズンの7.8月には、
ホテルも飛行機もびっくりするほど高い。


というか、
観光地としては脚光を浴びたのがここ最近のため
ホテルの数が絶対的に足りてないように思う。


世界遺産であり、
200平方キロメートルもの広さを誇る
プリトビッツェ湖群国立公園内には
たった2つしかホテルがなく(←トーゼン高額)


で、
私達が泊まったのは
SOBEと呼ばれるプライベートルーム。

日本で言う民宿です。


ほとんどが素泊まりで、中にはキッチン付きのものもありますが
ホテルに比べると随分と割安で泊まることができる。



この日は
午前中にブレッド湖で湖水浴、
午後はシュコツィヤン鍾乳洞と
見所がもりだくさんで

随分と行程が遅れてしまい、
地図で最短距離の行程をとり、混雑する首都ザグレブを避けて
高速から国道を行く道を選択したのだけど・・・



クロアチアは、独立戦争の時の爆撃により
高速道路等のインフラが破壊され
未だ高速道路を含め、幹線であるべき国道ですら建設中で


国立公園までの国道も
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最初こそアスファルトの舗装があったけれど

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いつのまにか、土ぼこりだらけの荒れた田舎道に。

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しかも、道路沿いに建つ建物には・・

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散弾銃の跡。

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戦後15年を経て今なお、
打ち捨てられた家や銃弾の跡の残る家が、ずうっと続く。

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国立公園近くのこの地域は
独立戦争時にセルビア人が多く占拠し住んだ地域だったらしく

クロアチア独立時に
逆にセルビア人虐殺のため攻撃されたという。


ほとんど人気のないこの地域で
どんどん、どんどん日が暮れて行って、
車で走っていても妙に心細く
(↑というかほとんどヤケ。BGMは奥田民生「さすらい」。妙にぴったり)

穴ぼこだらけ、土ぼこりだらけの田舎道のため
ほんの30キロかそこらの距離のはずが
通り抜けるのに1時間半以上もかかり

ようやく宿に着いた時には、
あたりはとっぷりと真っ暗、10時を回っていました・・・・。


さあ、
あしたは、ようやくプリトビッツェ国立公園です。

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(真夏のクロアチアは気温も37度近くまで上がります。グロッキーなわんこ)
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by miyu-sakura | 2008-10-07 04:22 | 今日の世界遺産
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(スロベニア 世界遺産シェコツィヤン鍾乳洞。写真が取れるのは出口のみ)

8月の旅行記が全然進まないうちに
なんと明日は10月。


随分涼しくなってきて、
最近、朝は大体5度とか6度とか。


ながあ~~い冬がもうすぐやってきます。


で、

8月の旅行記の続き。


ブレッド湖で湖水浴をした午後、
一路目指したのは


スロベニア唯一の世界遺産「シュコツィヤン鍾乳洞」


ブレッド湖から南に約60キロ。
クロアチアへ向かう途中での見学です。


最近、少々乱発ぎみの世界遺産ではありますが
ここの鍾乳洞は1987年に既に登録されている。


鍾乳洞の中にはこうもりをはじめたくさんの動物が生息していて
見学するには、必ずガイドツアーに参加しなくてはならない。

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ガイドツアーは長さ2キロの地下鍾乳洞を
約2時間程度かけて歩いてまわる。

真夏のスロベニアとはいえ、鍾乳洞内はかなり冷えるため
みんながっつり長袖持参です。

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ガイドさんは、最初に
「スペイン語の人~~?」「ドイツ語の人~~?」「フランス語の人~~?」
などと聞いて挙手で答えた人の言語で説明をする。

この日は、スロベニア語、スペイン語、ドイツ語、英語だった。
彼女、なかなかの才女なのである。

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洞窟内は撮影禁止のため
全く写真がなくて申し訳ないのだけど

http://dheera.net/photos/thumb.php?q=europe/skocjan
写真のサイトはこれ。


内部は極力照明を落としていて、しかも
私達が通ったあとはご丁寧に照明を消していくので

暗闇恐怖症の私は
万が一置いて行かれたら、


多分、

いや、絶対

ちびる。



そんなわけでガイドさんから片時も離れず
常に列の先頭で回ったツアーだったのだけど、


いや、


これが、


なんとも、



凄かったのである。



もし、鍾乳洞が好きでたまらないという方がいらっしゃったら
ここは絶対行くべきです。



まず、ガイドさんたちと、どんどん地下にもぐっていくと
かすかに水の音が聞えてきて、

細い通路をくねくねと通っていたと思ったら
広さ約1.2ヘクタール、
天井まで100メートルはあろうかと思われる大広間にでたり、

「ルドルフ大聖堂」と呼ばれる石灰華が堆積してできた、
階段状の石灰段丘があったりと

なかなか見所が多く、いちいち感心していたのだけど



どんどん水音が大きくなってきたと思うと、



イキナリ、




地底に大河レカ川が現れるのである。




長さ34キロ、最後はアドリア海まで達するこのレカ川、

深さ160メートルの険しい渓谷と小さな滝を作り、
ごうごうと音を立てて流れているのである。



例えば、
どこか山に行って


深さ160メートルの渓谷と澄んだ大きな川の水、小さな滝を見たら
美しい~~っておもうでしょ。

それと全く同じ光景が
真っ暗な地底にあるわけです。


数年前までは
対岸までつり橋が架かっていて
スリル満点だったらしいのですが

現在は、
ひと1人が通れる細いながらも鉄製の橋が架かっています。


橋の途中から下を覗き込むと
けっこうな勢いで水が流れていてけっこう怖い。



このレカ川のすごいところは
このままずうううっと海まで地底を流れていくところ。


私達の目の前の川は、
そのまま暗闇のかなたへ続いていくのです。


これ、
なかなか圧巻です。



これは!!!

さすがってかんじの世界遺産でした。


次回はやっとクロアチアに入ります~~。 


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by miyu-sakura | 2008-09-30 03:02 | 今日の世界遺産
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(市の中心を流れるザルツァッハ川。ザルツ、とはソルト。つまり塩の川)


さて旅行2日目。

経由地のザルツブルグです。



オーストリーの古都、ザルツブルグは
モーツアルトを生んだ音楽の都として名高く、


落ち着いた旧市街は世界遺産にも登録されていて


映画の名作、「サウンドオブミュージック」の
舞台にもなり、映画を見てから行けば感動上乗せ。


ミラベル宮殿では映画のフィナーレそのままに

「ド~~レ~~ミ~~♪」と

思わず歌ってしまうこと請け合いです。




実はザルツブルグ、何回か滞在したことがあるのだけど、
私がけっこう気に入っているのが、

旧市街の、たくさんの看板。

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隣よりも大きく、キレイにと競い合った結果なのでしょうか。
豪華絢爛な看板はザルツブルグの名物。

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マクドナルドでさえ、
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ちょっと気取ってオシャレなのだ。




主な見所はモーツアルトの生家。


今回は経由地のため行っていませんが、
ご多分に漏れず、どこにでもあるちっちゃ目のフツーのメゾン。

調度品等も展示されているので
一度は入ってみる価値はあります。




ここも外せない見所、丘の上にあるホーエンザルツブルグ城塞。
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丘の上に見える中世の城塞へは、ケーブルカーで登って行くことができ
そのテラスからの夕日の眺めは本当に素晴らしいのだけど、

中世の城塞の中で毎夜、室内音楽のサロンコンサートを催していて
以前、気取って夜のコンサートを聴きに行ったのはいいが


首を左右に揺らしながら爆睡


周りから失笑を買うというトレビアンな経験をしたのはまさしく私。


・・・・・音楽の聖地で爆睡。

・・・・・なんてサザエさん。



そんなザルツブルグですが今回は遅めの昼食を取って
すぐに移動です。



次の目的地は
スロベニア、ブレッド湖です。

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(ザルツブルグで見かけたヘンな乗り物。どーやって動いているのか不明)
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by miyu-sakura | 2008-09-03 18:35 | 今日の世界遺産
数ある世界遺産の中で、たった2つしかない「負の世界遺産」。


一つは広島の原爆ドーム。
そしてもう一つは、

アウシュビッツ・ビルケナウ - ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所。

1940年から1945年までの
6年もの間、ありとあらゆる方法で人を殺した、
ホロコーストの象徴である。


その内容は
あまりに悲惨で、
あまりに暴力的で、

ここを訪れることは一生ないだろうと思っていた。



実際に「その場所」を見ることが、

私や、私の家族の人生にどれだけ影響するのかを考えると、
行くことをかなり迷ったけれど、


ここを実際に見て、
おきてしまった事実を心に刻み付け、
忘れないように生きていくことが


ささやかな私にできる平和への貢献になると思えた。

私よりも、むしろ私の家族の心の、
ほんの記憶の片隅にでも残すべきことだと思えたのだ。

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(死の門と呼ばれるビルケナウの門。シンドラーのリストで使われた)


日本人には、ドイツにあると思われがちなアウシュビッツ強制収容所は、

実は第二次世界大戦中、ドイツの占領地であったポーランド南部の、
古都クラコフより西に約60キロ
オフィシエンチム郊外に1940年に建てられた。


アウシュビッツは、ポーランド語オフィシエンチムのドイツ語の地名。


世界遺産に初めて登録された時の登録名は、
「ポーランド アウシュビッツ強制収容所」
であったが

この名称が、ポーランド人による強制収容所、
と誤解を生むとのポーランド側からの抗議により、

去年、
「アウシュビッツ・ビルケナウ - ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所」
と名称を変更された。


現在、ポーランドに訪れる人のうち、
かなりの割合が訪れる場所なのだが
ポーランド人にとっては未だに「負の遺産」。


ユダヤ人だけでなく、ポーランド人の戦犯も数多く処刑をされたという。



アウシュビッツには

ほとんどの建物や鉄条網が完全に残り、
博物館として整備・開放されている第一強制収容所と、

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(有名な、働けば自由になる、の門。Bが逆さまになっている)

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(二重に張り巡らされた鉄条網には、高圧電流が流れていた)

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(レンガ作りの収容所、内部には山のような遺留品等が展示)
(この後どんどん収容者が増え、破壊された第二収容所ビルケナウは
木造の簡素なバラックでした。冬は零下15度にもなり凍死する人も)

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(鉄棒ではありません。複数の人間を公開絞首するための棒)

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(この11棟の内部のみ、当時のまま保存されている。
生々しく汚れた牢獄、リンチや実験の現場でもありました。)

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(死体焼却所。毎日トロッコに山積みされた裸の死体が焼かれた)



死の門と呼ばれる終着駅とプラットホームが残り、
ドイツ軍の証拠隠滅のために、ほとんどの建物が破壊されてしまった
第二強制収容所ビルケナウと、

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(このプラットフォームで、女性・子どもと、男性は選別された。
さらに男性は、働ける男性と働けない男性に選別された。
女性と子どもは、その足でガス室へ送られる場合が多かったという)

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(服を脱がせ髪を切り、一度に2000人を殺したガス室跡。瓦礫の山)



解放後、ソ連軍によって完全に破壊された第三強制収容所モノビッツ
がある。


見学できるのは、第一・第二強制収容所で、
約2キロ離れた二つの収容所はマイクロバスによって結ばれている。



私たち家族は、
英語のガイドツアー(約3時間半)に参加したのだけど

私達のガイドさんは
確たる使命感を持って説明をしてくれた。



今回、こうやって書いているけれど、

この「負の遺産」の「圧倒的な数」は
とても私の筆力では語りつくせない。


展示された遺留品、
例えば女性の髪の毛であるとか靴であるとか
衣服やかばんや櫛や髭剃りといった日用品の「量」は、

多分、どの人の想像よりもずっと多い。


このアウシュビッツ・ビルケナウで5年間に処刑された人は
150万人とも200万にとも言われ
記録すら残されていない今、正確な数は把握できていない。



破壊された第二収容所の総面積にいたっては、
1.75平方キロメートル、東京ドーム約37個分といわれるほどの規模で、

一見すると何本もの背の高い木が風に揺れる、
見渡す限りの平原になっている。

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線路の最後には、
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犠牲になった各国の言葉での慰霊の碑がずらっと並ぶ。



本当に私には、何も上手に書けないけれど

代わりに、ガイドの人が最後に何度も繰り返していた言葉を。


「今はここに何もない。けれど想像・・ただ想像してください。
ここで何が行われていたかを。」

「同じ過ちを、二度と繰り返さないために。」

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by miyu-sakura | 2008-05-08 04:38 | 今日の世界遺産
今回、年末年始のバカンス・ド・ノエルがエジプト旅行だった。


実は年末というのは
エジプト旅行のトップシーズンなんです。


基本的に年がら年中晴れているエジプトでも


3月から5月には年に3~4回、どーしようもない砂嵐が吹くし
6月から9月はバカみたいに暑くて直射で45度を超える日もあるし


というわけで
10月から2月が旅のベストシーズンと言われている。



なかでも、欧州では年末は日照時間が極端に少なく
どんより暗くぱっとしない日が続くものだから

せっかくのバカンスくらい、

南の、多少でも温かいところに出かけたくなり、
アフリカ大陸に出かける人も多いのだ。



同じアフリカ大陸のケニアやモーリシャス諸島も大人気で
日本よりずっと近いこちらから行ってもなお、
もんのすごく高い。


ケニア一週間で・・・・1人40万ちかくする。



おおお・・・・・絶対一生行けない。



生ライオン、高すぎる・・・





で、エジプト。

ここも年末はトップシーズンなので普通のツアーに申し込むと高い。


でも、今回は、
ツアーコンダクターをしている旦那さまを持つお友達経由で
物価の安いエジプトの旅行会社に直接個人旅行を組んでいただいたので

トップシーズンのわりには、割安で行くことができた。
微妙に痒いところに手の届く親切な旅行会社サンだったし、
とってもとっても満足です。


ほんとにありがと~~~~☆






で、イスラム歴史地区。


観光客の溢れるハーン・ハリーリ市場
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1997年に観光客を狙ったテロがあったエジプト。
観光客がいるところ、必ずポリスが巡回しています。


ただ、このポリス、例外なく英語が通じない。

英語ができる人はきっと他の仕事についているんじゃないかと思う。
ポリスは、ほんとにどこにでも、山のようにいっぱいいた。

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この市場は、カイロの一大お土産センターなのですが

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どの店にも値段なんて書いてありません。

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はっきり行って気分は昭和の闇市廻り。

トルコのグランドバザールもかなり怪しかったけれど
ここは怪しいというより、人種が違うと言うか、星が違うと言うか

怪しさの格が違う。

キング・オブ・怪しい。
しかも、微妙にレトロ。
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一歩足を踏み入れれば、ノスタルジー溢れる巨大迷路なのだ。

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必ずものすごく吹っかけてくるので、まずは価格交渉。
どちらかが根負けするまで、延々と時間をかける。

これが結構めんどくさい。

でも、思ったより安くなると思わずガッツポーズだけど。

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疲れたらカフェもあるのですが、このチャイ(紅茶)が
地元の店で飲むと高くても5パウンド(80円)なのに、
なんと12パウンド(200円)もする。

チャイすら、ぼるのだ。

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アラブの人は、浅黒く、目がぎらぎらしていて一見怖いのですが
意外とそんなに怖くはありません。
一応イスラム教徒なので、ムチャクチャなことはしてきません。
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ただ、誰もが例外なくぼろうとするので、油断は禁物です。





「カイロってほんとにスラムみたいだよね」


といった友達がいましたが
確かにこういうのをスラムっぽいと言うのかもしれません。



でも、

それでも

私はカイロが好きだな。



このパワーに負けないパワーを、体中から集めてくるのが、

忘れていた「生きるちから」っていう気がするから。




これからは、もっとシンプルに生きていこう

多分、本当に必要なものはそんなには多くはない。

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by miyu-sakura | 2008-01-08 06:24 | 今日の世界遺産
お友達の旦那様がトルコに行った時、

夕暮れのブルーモスクで
大音響で響き渡るコーランの調べを聞いた。


その時、彼はこう思ったそうだ。

「ここにいるとやばい」。



なぜなら、

「ついうっかり、洗脳されそうになる」。

からだそうだ。



そうなのだ。
夕暮れに響き渡るコーランの調べは、どこか心に染みる。


今回のエジプト旅行でも、
毎朝と毎夕に響き渡るコーランの調べや
イスラムのモスクの厳かさにけっこうやられてしまった。


イスラムと言うと、テロ。
イコール危険因子。

そんなイメージが以前はあったけれど、今はイスラムの国々が結構好きだ。


どんな宗教にも、攻撃的な原理主義な人はいるし、
信じる気持ちが強いほど排他的になるとは思う。


けれど、少なくとも私の出会ったイスラムの人々は
普通に穏やか日々の暮らしの中で
イスラムの教えを守っていた。


・・・多分、だけれど。





ピラミッドで有名な、エジプト、カイロ。


ピラミッドは当然世界遺産なのだけど、

実は「カイロ、イスラム建築群」も世界遺産に指定されてて
その数は300を超える。
1000のミレット(尖塔)を持つ都市なのだ。


カイロは、「世界の母」と言われるイスラム最大の都市で、
現在エジプトでは人口の9割がイスラム教徒である。
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カイロ、イスラム地区の高台にそびえるモハメド・アリモスク。


ここはイスタンブールのガーマをまねて作ったらしく、
内部はかなりイスタンブールのブルーモスクに似ていた。
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ここはちょうど夕日を正面に受ける位置に立っていて
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夕暮れ時は、モスク全体が黄金色に輝くという。


モスクの前庭からは、カイロの町と
遠くに霞むギザのピラミッドが見える。
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手前の三角が、有名なクフ王のピラミッド。
ピラミッドは、町のすぐ横にあって、砂漠のど真ん中にはない。




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世界最大級のイスラム建築のガーマ・スルタン・ハサン。

屋外の中庭にも数十のランプが下がるあたりは
さすが、雨の少ない都市ならではだろうと思う。

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前出のモアへドアリモスクはどちらかと言うと例外で
こんな無骨なモスクがカイロには多い。
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このモスクはイスラム建築には珍しく装飾に金銀が用いられている。



イスラムの文化を伝える世界遺産イスラム地区は、
カイロ市のやや東側にあり、多くの観光客の訪れる場所でもある。

モスク以外にも、
400年を超える歴史のあるハーン・ハリーリ市場などがあるけれど、


でも、とりあえず、次回・・・。



もう8回くらい洗濯機を回しているのに、
たまった洗濯物が終わらないんです・・・・

なんといっても一日の気温が、0度から22度。
Tシャツからセーター、上着に毛布まで持参でしたから・・・


楽しんだあとには、きっちり現実が待っている。
とほほ・・・・・・・
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by miyu-sakura | 2008-01-04 00:54 | 今日の世界遺産
繰り返すようだが、

私はへんなところが好きだ。


フランスに現在29ある世界遺産だけど
その中でも、特にマイナーで、あんまり知られていない
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路
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(サン・ミッシェル岩山の頂点に立つサン・ミッシェル・デギレ教会)

私がその名を初めて知ったのは
2002年のTV「世界遺産」。

まだ、日本に住んでいた頃で、
私にとってフランスは遠い、遠い異国。

いつか、もしできるならば、
その街道を訪れてみたいと、
ずっと思っていた。

それは、ほんとに叶うはずのないあてのない夢だったのだけど。



サン・ジャック・コンポステル街道とは

フランスの4つの町を起点にする4つの巡礼路が
険しいピレネーを越えて一つになり、

スペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラまで続く、
1500キロにも及ぶキリスト教の巡礼路。

キリスト教の三大巡礼路のひとつである。



私がTVで見たのは、その中でも、特に険しい
中央南フランス、四方に山に囲まれたル・ピュイ・オン・ヴレを起点とし、
小さな村々を巡礼するル・ピュイの道である。

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赤屋根の続くル・ピュイ・ヴレは、町のど真ん中に
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それぞれ頂上に
赤い聖母像が立つコルネイユ岩山と
ミッシェル・デギレ教会が立つサンミッシェル岩山が
向かい合ってそびえたっている。

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2つの奇岩の間は徒歩で20分ほど。
それぞれ、徒歩で頂上まで登ることができる。

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赤い聖母像のふもとには、ノートルダム・デュ・ピュイ大聖堂。
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巡礼地の出発地にふさわしい、厳粛な教会である。
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聖堂前の階段には、巡礼のしるしであるサンジャック、すなわちホタテ貝と
ユネスコの世界遺産をしめす案内が。


背後の赤い聖母像は、
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1860年のクリミア戦争で
ロシアから奪った大砲を鋳潰して作ってある、フツーに鉄製の像。
なので階段も鉄製。
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外側の神々しさとは裏腹に、中は意外とそっけない。


その赤い聖母像と対するのは
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268段の階段を登った岩山の頂に立つサン・ミッシェル・デギレ教会。
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[聖遺物を拝するこの小さな教会、簡素なロマネスク教会である。
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この2つの奇岩の頂から、
1500キロもの巡礼の旅は始まるのだ。
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この奇岩を抱くこの町は、
フランスの南西、中央山岳地帯のど真ん中にある。


クレルモン・フェランからも、リヨンからも
どこからでも高速道路のない山を越えなくてはならない。


私たち家族はこの後、

標高2000メートル級の、くねくね曲がった山道を2時間走り、
車内には、車酔いによる死亡者が続出。

一番年若の者から順に
シンガポールのマーライオンもびっくりの状況となり、

車内には、す~~~っぱいカオリが充満。

汚れた洗濯物とともに、半泣きになりながら
帰ってきました。



聖地ってのは
簡単に行けないところが聖地たる所以だ、

と、カラダに叩き込まれた旅になったのでした。
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by miyu-sakura | 2007-11-19 23:03 | 今日の世界遺産
先回、イスタンブール歴史地区の旅行記を書きましたが、

今日になって、
ブルーモスクとグランバザールを書いていないことに気づきました。


ブルーモスクとグランバザールは、
どんなに短いツアーでも行程に入るすんごい観光名所なので、
コレを書かないと、イスタンブールじゃないかも。

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5月のスルタンアフメット・ジャーミィ。
通称ブルーモスク。


6本の尖塔を持つのは、ここ、ブルーモスクだけなのですが、
外側から見ると、青くありません。


実は、この丸いドームには260以上のステンドグラスの小窓があり、
そのため、館内が明るく、淡く照らされている。
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ドーム内は、青を基調とした2万枚のタイルが張り巡らされていて
ステンドグラスからの光と相まって、

一歩その中に入ったその瞬間、
館内が淡い青色に浮かび上がって見えるのだ。

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モスク内は、敬虔な信者さんの祈りの場でもあるため
女性が入場の際は、頭にスカーフを巻かなくてはなりません。

持っていない私には入口でブルーの布(スカーフでないところがポイント)
が手渡されるのですが、この布がまた・・・・・


くさい。


イスタンブールは水が豊富な地域で、

信者さんはモスクに入る前に、
モスクの外側にずらっと並んだ手洗い場で
頭から手足まできれいに洗っているはずなのに、


くさい。



ひなたのイヌの足の裏のような、乾いた草のようなかぐわしさ。


まあ、トルコですから。
夏は40度ですから。


旅行の記憶って意外と嗅覚と結びついていると思うのですが
イスタンブールのニオイといえば、真っ先に思い出すのがこのニオイ。

ニオイフェチのかた、ぜひどうぞ。
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(夜のブルーモスク。ライトアップで浮かび上がります)


で、
グランドバザール。
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ここはかなりツーリスティックです。

日本人・韓国人・欧州人・米国人、みんな手に手にカメラを持って
土産袋を片手に闊歩しています。


とりあえず店数はあるので、安い店を探そうと思えば探せるのですが
なんといっても価格は時価

がんばって値切っていけば
最初に言われた価格の2/3から1/2くらいに落ち着くとは思うのですが
たくさんある店で、どの店でも価格交渉していると
はっきり言って、めんどくさくなる。
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だいたい、歩いているだけで
「ミルダケ、タダ」とかさんざん声をかけられるし、

「アッ、ナニカ、落トシタヨ」といわれて振り返ったら
「カイモノ、ワスレテイルヨ」とセールスされるし。


友達は以前、
ミヤサコ、デス!」(手の振りつき)と声をかけられたというし、

だんだん巧妙になるので歩いていても疲れる。
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トルコ名物のペルシャ絨毯は
16歳から20歳の女の子たちが数年にわたって織った、
(手の大きさがそろっていると織り目がそろっているという理由らしい)
とか言うものになると軽く100万とか150万とかそんな値段がついています。


「絨毯屋の呼び込み、すごいから気をつけなよ」
って言われていましたが、

・・・・あんまりしつこくされませんでした。

・・・・途中で、こいつら金ねえなあ、って顔されるのって

日本人として、どーなんでしょうか。



最後に、イスタンブールに200以上あるといわれるモスクですが
私が一番好きだったのはこの、
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私が乗った連絡船船着場近く、ガラタ橋のふもとにあるイェニ・ジャーミィ。

規模こそブルーモスクには遠く及びませんが
上品な色使いや、観光客のいない厳かさが、遠い異国を思わせます。

特に、
夕日を背に浮かび上がるイェニ・ジャーミィのシルエットは
遠く手に取ることのできない天上の神がまさにそこにいるようで、
ため息が出るほど、美しい。
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(陽が落ちてしまってからのイェニ・ジャーミィ。
夕暮れは、もっともっとキレイです)


あと・・・トルコには旋回舞踊なるものがあって
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この体勢のままぐるぐる回り続ける。

多分・・・3分ぐらいは回っていたと思うけど
見ているほうが、大丈夫かしらと手に汗を握ります。

確かにすごいんだけど
ほんとにただ、回っているだけなので

・・・だんだんみていて飽きるところが難点。

・・・すごい宗教的な伝統舞踊ナンだけどね。


ためしに私も回ってみたら、意外と回れました。

皆さんもぜひ一度回ってみてください。
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by miyu-sakura | 2007-08-30 05:10 | 今日の世界遺産
先日、イスタンブールに2年半住んでいた方とお会いして、
トルコや、トルコティーについて話していたら、

私がトルコに行ったのが5月26日で、
たった3ケ月前のことなのに


かなり忘れていた。

・・・・・アルツ?っていうくらい。

このままどんどん忘れてしまってはとても悲しいので、
途切れたままになっていたトルコの旅行記を書こうと思います。
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(トプカプ宮殿よりボスポラス海峡をはさんで新市街が見える)

このイスタンブール旅行は、
エアチケットとホテルをネットで予約して、
公共交通機関での移動という旅行だったけれど

なにより、心配だったのが交通機関。

きっとバスしかないに違いない。
しかもそのバスには扉がなくて飛び乗るのに違いない。
さらに、バス停なんてなくて、人が固まっていると止まってくれるに違いない。

・・・・ずっとそう信じていた。


が、!
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意外にもちゃんとしていたトラムが走っていて、
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これがトラムの出口。なんと自動改札だったりする。

なんてことはない、イスタンブールはバスだけじゃなく、
トラムも国鉄も、
地下鉄だって走っていた。

しかも、
1875年!!に作られたヨーロッパで最も古い地下鉄の一つまであって、
それはパリの地下鉄の試作品とも言われている。


ファーストフードだっていっぱいあって
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マクドナルドも、バーガーキングもスターバックスだってあるし

新市街は近代的なビルが立ち並び、
でっかいぴっかぴかのショッピングモールがあったりして

意外と、意外と、思ったよりは都会だったのだ。


ごめんよ、イスタンブール・・・・。

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そうはいっても、大体はこんな感じなんだけどね。



「イスタンブールその1」で、イスタンブールが
アジアとヨーロッパにまたがる唯一の都市だと書きましたが、

それはつまり、
イスラム教と、キリスト教が交わる都市でもあって。



ここは旧市街、イスタンブールの象徴、アヤソフィア。
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今から1500年前、
6世紀に建てられたこのビザンツ帝国の建築物は、
実は当時世界最大の、ギリシャ正教の大聖堂。

その後、地震や度重なる火災、十字軍の略奪などに遇い、
オスマントルコ時代に、イスラム教のモスクへと変貌を遂げました。
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偶像崇拝を敵視するイスラム教の教えによって、
聖堂を埋め尽くしていたモザイク画は漆喰で塗りこめられ
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黄金に輝くこのモザイク画が考古学者によって日の目を見たのは、
1931年のこと。


聖堂中のいたるところに残る聖母子像やイエスの像の見事さが
ビザンツ帝国の強大さを物語っていますが
全体的に損傷も激しく、欠けたイエスの横顔が痛々しく、物悲しい。

大聖堂であり、モスクでもあるシンボルアヤソフィア。
オスマン軍がイスタンブールに侵攻した際、
真っ先にアヤソフィアに向かい、そこで占領を宣言した。

イスタンブールの歴史をずっと見つめてきたのだ。




そのアヤソフィア博物館の近くの、地下宮殿。
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地下宮殿といっても、宮殿などではなく
4世紀から6世紀に作られた地下の大貯水池。

フランス、ニームの水道橋のような巨大な水道橋から引かれた水は
この巨大な水瓶に集まり、市民の2週間分もの生活水を常時蓄えていた。

その大きさは縦141m、横73m、高さは8mほど。
336本のコリント様式の美しい柱で支えられている。
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柱の多くは、各地にあった宮殿や神殿などから運ばれたといわれていて
メヂューサの胸像も土台として使われている。

ただし、のろいを恐れて、逆さまにしたり、横向きにしたり。
それでも十分に恐ろしいのだけど。
メヂューサ、結構でかいのだ。


この地下宮殿の興味深いところは、

フランス人考古学者が発見するまで
誰もこの地下宮殿があることに気づかず
普通にこの上に家を建てて、床下に穴をあけては
地下水をくみ上げたり、魚を釣っていたということ。

・・・水をくみ上げるのはわかるけど、フツー魚釣るか?


しかも床下にメヂューサ、いるし。




トルコのベルサイユ宮殿とも言われる白い大理石のドルバチョフ宮殿
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シャンデリアや調度品の豪華さもさることながら、
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部屋は285室、広間も43室もあるものだから見学しててもきりがない。




オスマン帝国の膨大な秘宝をもつトプカプ宮殿では、
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86カラットというばかでっかいダイヤや

重さ3キロの世界最大のエメラルドや
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中国のように、宦官した男性のみが遣える
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「世界一豪華な鳥かご」と言わしめたハーレムが見れる。




それに、
トルコといえばやっぱりお約束のハマム。

広くて天井の高い蒸し風呂で、
大きくて屈強なおばちゃんに「さんすけ」さんをしてもらうわけですが、

ここも行って、やってもらいました。
「真っ裸のあかすり。」
なんだかね、ゴーカイでしたけど、思ったほど力強くなくて
韓国式あかすりのほうがアカが出る。
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個室のようなところで服からタオルを巻いたハダカになる。
ここからハマムへはサンダル履きで。




世界遺産、古都イスタンブールは、
本当に見所がいっぱいで、
2泊3日、朝から夜遅くまで走り回っても見きれない。


印象深い、いかにも異国、といったイスタンブール。
いつかまた行けたらいいな。
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(トプカプ宮殿の15世紀のトイレ。日本式と反対に壁にお尻を向ける)
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by miyu-sakura | 2007-08-25 07:26 | 今日の世界遺産
先週のカフェイレで、
ポルノの晴一さんも行きたいと言っていたトルコには、
私も随分長い間行きたいと思っていました。


きのこのような奇岩で有名なカッパドキア、

白い鍾乳石の棚が「綿の城」と名づけられたパムッカレ、

古代ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩を信じて
19世紀のドイツ人が発掘した古代遺跡トロイ。

世界遺産も全部で9つある。



そのどれもこれもが魅力的な土地ではあるのだけど、
実はトルコと言う国は、すんごくでかい

軽く日本の2倍強(81.5万平方キロ)もある。


ヨーロッパの国々、例えばフランス(54.4万)、
ドイツ(35.7万、実は日本より小さい)、スペイン(50.6万)と比べても
ぶっちぎりででかい。


そのため、トルコの観光地間の移動は主に航空機。
長距離バスと言う手もあるけれど、かなりの日数がかかる。


カッパドキアも行って、パムッカレも行って、イスタンブールも、
やっぱりトロイも・・・なんて考えていると
航空機を利用しても7日はかかってしまい、なかなか腰が重かったのだけど


今回、行きたい思いに耐え切れずイスタンブールだけ、
2泊3日で行ってきました。
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(有名なグランドバザール。お土産屋さんなどが4400軒もひしめく)


国際都市イスタンブールは、
マルマラ海と黒海を結ぶボラボラス海峡の両側にまたがり、
それ故に、2つの大陸をまたぐ世界で唯一の都市である。

一つの都市の中に、アジアとヨーロッパが存在するの。



ヨーロッパ側から見れば、悠久なるオリエントの始まりであり
アジア側から見れば、遥かなるシルクロードの終点であり。

「オリエント急行殺人事件」で有名な豪華鉄道オリエント急行も
終点はこの、イスタンブールのスィルケジ駅。
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観光客の押し寄せるモスクの多くはヨーロッパ側にあり、
アジア側は中流住宅街になっていて、連絡船で通勤をしている。
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(連絡船の桟橋からは、素顔のイスタンブールが垣間見れる)


観光客向けのボスボラ海峡クルーズは往復800円だけれど
通勤用の連絡線は往復で20円。
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(これはヨーロッパ側、新市街と旧市街を繋ぐ橋。いつも渋滞している)

私たちが乗ったのは、当然通勤用の連絡線・ワプル。
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片道25分程度で、ヨーロッパからアジアへ行ける。
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5月の夕暮れ時、日中こそ30度近く上がる気温も随分下がり
デッキには、一日の疲れを癒そうとする人々が。
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船の上からは、
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イスタンブール市街や、
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夕日に霞むブルーモスクの姿が見れて、


連絡船の喫茶コーナーの、一杯たった5円のチャイを飲みながら
デッキの上から眺めたイスタンブールは、
ただ、見るているだけで悲しくて切なくて、でもたくましくて雄雄しくて

ついうっかり、泣きそうになる。


イスタンブールは、
イスラム教とキリスト教の交わるところでもでもあり、
歴代君主によって、宗教が何度も塗り替えられてきた。

その歴史は、次の機会に・・・・

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(桟橋で今日の晩御飯を調達。サバの塩焼きをパンにはさんだもの。
味は・・そのまんま。サバの塩焼きとパンの味です。・・・でもなんかおいしい)
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by miyu-sakura | 2007-07-09 22:44 | 今日の世界遺産