ヨーロッパの片隅で、家族と鳥一羽と暮らしています 。  世界遺産とポルノグラフィティとホンとオンガクが好き。    よければアシアトを残してくれればウレシイです☆       写真撮影:miyuとその家族


by miyu-sakura
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夕日に向かって叫ぼう。


私は、
中村俊輔選手が大好きだ~~☆

それから、
スコットランドリーグ優勝おめでと~☆



中村俊輔選手がポルノグラフィティーのファンだと知って、
ポルノファンヨーロッパ支部(1人で勝手に結成)の私としては
なんとしてでも応援に行かなくては、と画策していましたが


行ってきました!!


5月11日のスコットランドリーグ、ホーム最終戦。
セルティックVSハイバーニアン。


2007年8月から始まったスコットランドリーグ、
なんとか首位を守りアウェー1戦を残してのマッチとはいえ、

2位との勝ち点差が3点のみで、
優勝するためにけして負けられない最終戦。

セルティックスタジアムを満員にした6万人の観衆も
始まる前からやる気満々、大いに盛り上がってました。



私たちは

お昼12時半からの試合のため、前日の土曜日から
セルティックの本拠地グラスゴー入りしたのですが

まず驚いたのが、
中村選手の人気の高さ。
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飛行機で到着してすぐ、パスポートコントロールで、

「今回の滞在の目的は?」
と聞かれ

フツーなら
「サイトシーイング(観光)」
と答えるところ、

久しぶりの飛行機で浮かれていたので
「フットボールを見に来た。」
と言ってみた。


すると

「セルティックか?」

「そうだ!」

「中村か?」

「そうだ!」

という会話の後


二人して

「イエーーイ!!」


今までいろんなパスポートコントロールを通ったけれど
厳粛であるべき係員と一緒に
こぶしを振り上げて
歓声を上げたのは初めてだわ。


それ以降も、


セルティックのグッズを持って街を歩いていても

「イエーイ!」


空港のチェックインカウンターでも

「グッ!」(親指を立てる)


セルティックを応援している日本人というだけで
みんながニコニコしてくれる。


欧州の日本人というととかく下に見られがちだけど
がんばっている中村選手のおかげで
日本人自体の印象もよくなっている気がした。




中村選手、ほんとに人気があって
サッカー場に隣接しているセルティックショップでも
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中村選手のウエアーはもちろん
ポスター、(大・中・小)、ポストカード、マスコット人形、

それに

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なんと「俊」と書かれた帽子。

しかも横には、カタカナで「セルティック」と刺繍されている。


・・・・このセンスはさすがに謎だったけれど
というか、この商品がなぜ企画会議を通って製品化されたのか疑問だけど、

よく
「一番」とか
「寿司」とか
ヘンな日本語が書かれたT-シャツを着ている外国人がいるので
まあ、そこら辺のコアなファン向けの商品なのだろう。


というか、実は我が家は2つも買ったけど。


さてさて、
こんなに人気の中村選手はどんな活躍を見せたのか
続きは次回~~。
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by miyu-sakura | 2008-05-28 18:07 | サッカー☆サッカー
私は大抵の場合、

「ついてない」。



例えばレジでも
私が並んだ列は大体どの列よりも極端に遅いし、

落としたモノは決して出てこないし、


先日、とあるスポーツ大会のデジカメやリモアのバックなど
豪華な参加賞を目的に、初めて参加をしたのだけど

当然1勝3敗と散々な結果で、みんなの前で恥をかいた挙句

誰でも豪華景品が当たるはずだったのに
当たったのはガム一つとヤクルト2本だった。

しかも、なぜか
「みゆさんは、誰より大張り切りだった」
と評判がたつし。


こんなに長く生きているのに
とうぜん懸賞などにはあたったことなどなく

安く買ったと喜んでいたカバンが
次に行った時にはさらに安くなって売られていたり

高いけどかわいいと信じて買った、その同じスカートを
とんでもなくセンスの悪いおばさんが着ていたり

とりあえず、得したなあ、と思うことは少ない。




が、


今回、35ユーロ(5000円)も得してしまった。



日本でも、最近ではすっかりセルフスタンドもおなじみだけど
欧州では、ほぼ95%はセルフスタンド。

セルフスタンドと言っても、
お菓子などを売るお店のついている有人スタンドと
年中無休、24時間営業の無人スタンドがあるが
どちらかというと無人スタンドが多いような気がする。


無人スタンドではまず最初に
給油ホースの近くにあるクレジットカードか銀行カードを入れる機械に
カードを挿入。

そのカードが承認されてから
自分の入れたい分だけ車にオイルを入れて、
ストップした時点の金額が銀行カード等から引かれる仕組みになっている。


で、

昨日の事、

いつもは行かないガソリンスタンドで給油をしようとしたら
既に前に一台、おばあちゃんが給油をしていたので

おとなしく待って、そのおばあちゃんが行ってから給油をしたのだけど、


給油の前にカードを承認してもらおうとしたら
既に、承認済みで、「給油スタート」の画面になっていた。


思い起こせば、給油が終わってから、
そのおばあちゃんもう一度機械にカードを通していたような・・・
おあばちゃん、慣れてなくて間違えたのかな・・・・

でも、もしかしたら
ここは後からカードを入れるスタンドかも知れないし・・・


と迷いながら、なんだか悪かったので満タンより2メモリ控えめにして
23リットル、35ユーロを入れたら


カードなんか入れていもいないのに
「マスターカード、35ユーロお支払い」
のレシートが出てきた。


う、

前のおばあちゃんのカードで
5000円分もガソリンを入れてしまったぁ!


あまりにないことなのでオトモダチにこの顛末を話したところ、


「なんで満タン入れなかったの?
35ユーロ入れるのも45ユーロ入れるのも、一緒じゃん!」

と言われてしまった。


そーか。


そーゆーものなのか。


普段ツイテナイから、気がつかんかった。

次回、そんなことがあったら満タンにしよう。



・・・というより、めったにないことがあったので
バチが当たらないか心配だけど。


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(パリ、ルーブル美術館で私の一番のお気に入り。☆ハムラビ法典☆)
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by miyu-sakura | 2008-05-25 22:11 | ヨーロッパで暮らすということ
ええっと、
ようやく昨日、

「カラマーゾフの兄弟」を読み終えました。


も~~、
ようやくって感じです。


下巻はある「裁き」のことを書いているのですが、

私としては
その結果がどうなったのかが気になって
先に進みたくてしょうがないのだけど

も~~、
この巻も、みな語る、語る。

ばりばり語り倒している。


も~~、
じれったいのなんの。



思わず、

「で?」

って突っ込みたくなるのだけど


この「語る」トコロに物語の主題とか
作者の世界観が代弁されているような気がして

飛ばすわけにはいかなくて
じいいっと我慢しながら読むのだけど。


書かれていること、
こちらに訴えてきていることが
上っ面でない言葉の「重み」を持っているような気がして

読んでいてもいちいち心に響いてくる。


19世紀のロシアのようなTVやネットがない時代には
人々はもっと本を読み、神の存在を真剣に論じ、生きる意味を考え、
恋に熱中していたのかな、なんて思う。




なんだかすごい話しだなあと思いながら、
巻末の解説を読んでみると

ドストエフスキーという人の人生も
かなり波乱万丈だったと書かれていた。


実の父親はロシアの田舎の地主であったのだけど
アル中で徹底した暴君で、
小作の器量よしの娘に次々に手を出した末に

小作の百姓に惨殺される。


その後、
18歳のドストエフスキーは
持病の癲癇の発作を起こしながらも
工兵仕官学校を卒業、工兵局製図課に勤務。
働きながらの執筆活動を始めた。

処女作の「貧しき人々」は喝采を持って迎えられたものの
その後は必ずしも順調とは言えないまま執筆活動を継続、

左派の秘密印刷所設立計画に加わっているところを
秘密警察に逮捕をされ一度は死刑判決を受ける。

死刑執行の直前に皇帝の恩赦で懲役刑となり、
シベリヤの監獄で囚人生活を送る。

刑期満了の末軍隊に配属された際に、
役人の妻と不倫のすえ、結婚。

しかし、その妻もたった8年の結婚生活の後、結核で亡くなるが
亡くなる前に既に20歳以上年下の女子学生と恋におち
熱烈なアタックの末妻の死後3年で再婚し、2児をもうける。


60歳で亡くなる直前まで書かれていたこの
「カラマーゾフの兄弟」には続編があったはずで
この長編「カラマーゾフの兄弟」は

ドストエフスキー最後の未完の小説と言われている。



・・・・・未完のおかげで
読了してもなお、続きが気になってしまうのだ。


せっかく何とか読了して
村上春樹氏の「バー、スメルジャコフ」
に入ろうと思っていたのだけど


それより、
カラマーゾフの兄弟のその後が気になって仕方がありません。


ううう、
見終わった「アンフェアMOVIE」がまだまだ続きそうな、
あんな感じですが、

ただ、達成感は充分にありますので、
皆様もどうぞ、このモヤモヤワールドへいらしてください。


それこそが
「バー、スメルジャコフ」なのかも。

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(アムステルダム、国立博物館。レンブラントの夜警があります)
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by miyu-sakura | 2008-05-19 07:21 | J' aime le livre

カラマーゾフの兄弟

5月といえば
日本ではGW。

10連休なんていう会社もあったらしいですが
この国では

5/1.5/3.5/12と飛び飛びで祝日があった。


5/2を休んでしまえば4連休に、
5/10から5/12は3連休になったので、
こちらもある意味GWだったわけです。


で、

この2週間ほど、
雨ばっかりのこの国には珍しく晴天が続いていて
我が家も、ぼちぼちとお外に繰り出していました。



大雑把な性格のせいか
車でも、飛行機でも、船ですらなかなか酔わない私は

旅行のたびに何冊も本を持って行く。


今回持って行ったのは
「人生勉強」(群ようこ)
「ワルシャワ貧乏物語」(工藤久代)
「カラマーゾフの兄弟 上・中・下」(ドストエフスキー)


村上春樹ファンを自称するなら

とっくの昔に「カラマーゾフの兄弟」を読了して
「バー・スメルジャコフ」に入会したかったのだけど
(村上春樹ファンで「カラ兄」を読了すると入れるクラブ)


上・中・下巻と一気に読み終える時間的余裕がなくて
なかなか読み出す機会がなかった。


でも、

今回のポーランド旅行は
4日半で往復2800キロ、
時間にして計30時間以上を車の中で過ごしたので


いい加減読み終えるだろうと思っていたのだけど


・・・・・終わらない。


ようやく下巻の50ページくらいまで来た。



今は読みやすい新訳が出たらしいけれど
私が読んだのは、あえて原文に近い原卓也訳のもの。

文章が
いかにも翻訳モノっという
回りくどくて、まどろっこしくて、説明の多い感じで書かれているけど

きっと、原文もかなりまどろっこしいんだろうなあと思う。
なんといっても19世紀のロシアの文豪だし。


ニュアンスや、比喩の難しさもさることながら
ロシア語だけでなく、フランス語やポーランド語まで出てくるので、
訳者の苦労も相当多かったじゃないかとしみじみしてしまう。



肝心の内容はというと

確かになんだか微妙に面白くって
今ちょうど下巻の序章にいるので続きが異常に気になるのだけど、

この本、読むのに時間がかかる。


イワンとか、スメルジャコフ、長老とかが延々と語り出すと
とにかく長い長い。


実際に19世紀のロシアっちゅうのは
顔を突き合せる度に
あんなに長々と語り合ったのだろうか

出てくる登場人物も皆どこか病的に思い込みが激しく
興奮しやすく、激しやすく
愛情についてもものすごいストーカーっぷりを
見せてくれるし、


しかも
13歳の子どもまで

「これはあなたにいっぺんでボクの性質を知っていただけるように、
お近づきのしるしに打ち明けるのですが・・・」

なんてもったいぶった言い方で自己紹介をするのだろうか。


すごく回りくどくて、多少難解なところはあるけれど
読み出すとその回りくどさがたまらなくなり、


「ヨゼフさん、あなたのその、なにかのはずみでいつも行ってしまう、
その本質的な過ちを、もちろんご存知ですわよね?」

と、回りくどく説教をする
「カラマーゾフごっこ」

をしてみたくなる。



さ、あと600ページ。
いつになったら読み終えるだろうか・・・・


というか、
「スメルジャコフ」って名前ってどーかと思うのって私だけ?

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(南フランス、レ・ボード・プロバンス。やっぱりキワキワがたまらない)
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by miyu-sakura | 2008-05-13 21:17 | J' aime le livre
数ある世界遺産の中で、たった2つしかない「負の世界遺産」。


一つは広島の原爆ドーム。
そしてもう一つは、

アウシュビッツ・ビルケナウ - ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所。

1940年から1945年までの
6年もの間、ありとあらゆる方法で人を殺した、
ホロコーストの象徴である。


その内容は
あまりに悲惨で、
あまりに暴力的で、

ここを訪れることは一生ないだろうと思っていた。



実際に「その場所」を見ることが、

私や、私の家族の人生にどれだけ影響するのかを考えると、
行くことをかなり迷ったけれど、


ここを実際に見て、
おきてしまった事実を心に刻み付け、
忘れないように生きていくことが


ささやかな私にできる平和への貢献になると思えた。

私よりも、むしろ私の家族の心の、
ほんの記憶の片隅にでも残すべきことだと思えたのだ。

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(死の門と呼ばれるビルケナウの門。シンドラーのリストで使われた)


日本人には、ドイツにあると思われがちなアウシュビッツ強制収容所は、

実は第二次世界大戦中、ドイツの占領地であったポーランド南部の、
古都クラコフより西に約60キロ
オフィシエンチム郊外に1940年に建てられた。


アウシュビッツは、ポーランド語オフィシエンチムのドイツ語の地名。


世界遺産に初めて登録された時の登録名は、
「ポーランド アウシュビッツ強制収容所」
であったが

この名称が、ポーランド人による強制収容所、
と誤解を生むとのポーランド側からの抗議により、

去年、
「アウシュビッツ・ビルケナウ - ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所」
と名称を変更された。


現在、ポーランドに訪れる人のうち、
かなりの割合が訪れる場所なのだが
ポーランド人にとっては未だに「負の遺産」。


ユダヤ人だけでなく、ポーランド人の戦犯も数多く処刑をされたという。



アウシュビッツには

ほとんどの建物や鉄条網が完全に残り、
博物館として整備・開放されている第一強制収容所と、

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(有名な、働けば自由になる、の門。Bが逆さまになっている)

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(二重に張り巡らされた鉄条網には、高圧電流が流れていた)

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(レンガ作りの収容所、内部には山のような遺留品等が展示)
(この後どんどん収容者が増え、破壊された第二収容所ビルケナウは
木造の簡素なバラックでした。冬は零下15度にもなり凍死する人も)

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(鉄棒ではありません。複数の人間を公開絞首するための棒)

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(この11棟の内部のみ、当時のまま保存されている。
生々しく汚れた牢獄、リンチや実験の現場でもありました。)

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(死体焼却所。毎日トロッコに山積みされた裸の死体が焼かれた)



死の門と呼ばれる終着駅とプラットホームが残り、
ドイツ軍の証拠隠滅のために、ほとんどの建物が破壊されてしまった
第二強制収容所ビルケナウと、

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(このプラットフォームで、女性・子どもと、男性は選別された。
さらに男性は、働ける男性と働けない男性に選別された。
女性と子どもは、その足でガス室へ送られる場合が多かったという)

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(服を脱がせ髪を切り、一度に2000人を殺したガス室跡。瓦礫の山)



解放後、ソ連軍によって完全に破壊された第三強制収容所モノビッツ
がある。


見学できるのは、第一・第二強制収容所で、
約2キロ離れた二つの収容所はマイクロバスによって結ばれている。



私たち家族は、
英語のガイドツアー(約3時間半)に参加したのだけど

私達のガイドさんは
確たる使命感を持って説明をしてくれた。



今回、こうやって書いているけれど、

この「負の遺産」の「圧倒的な数」は
とても私の筆力では語りつくせない。


展示された遺留品、
例えば女性の髪の毛であるとか靴であるとか
衣服やかばんや櫛や髭剃りといった日用品の「量」は、

多分、どの人の想像よりもずっと多い。


このアウシュビッツ・ビルケナウで5年間に処刑された人は
150万人とも200万にとも言われ
記録すら残されていない今、正確な数は把握できていない。



破壊された第二収容所の総面積にいたっては、
1.75平方キロメートル、東京ドーム約37個分といわれるほどの規模で、

一見すると何本もの背の高い木が風に揺れる、
見渡す限りの平原になっている。

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線路の最後には、
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犠牲になった各国の言葉での慰霊の碑がずらっと並ぶ。



本当に私には、何も上手に書けないけれど

代わりに、ガイドの人が最後に何度も繰り返していた言葉を。


「今はここに何もない。けれど想像・・ただ想像してください。
ここで何が行われていたかを。」

「同じ過ちを、二度と繰り返さないために。」

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by miyu-sakura | 2008-05-08 04:38 | 今日の世界遺産